2006年04月15日

湧水はわさびを育てるゆりかご

 

 伊豆のわさびの湧水源は標高800メートル程度から300メートル程度までの間に集中しています。

 標高の高い湧水は水温が低くて9℃ほどです。このように水温が低い湧水では、とってもわさびの成長が遅いので2年ほどの栽培期間が必要です。そして成長がとても遅いので、育てられたわさびは硬くしまった粘りの強いわさびとなります。このような水源は天城山の国有林内にあり、周囲は天然林の鳥獣保護区になっています。

 一方、里沢といわれる沢の湧水は、標高が低いので水温が高くて夏季の高温対策が必要です。水温が高いと腐敗病にかかりやすい傾向があるからです。冬でも比較的あたたかく成長するのによいので育ちが早い傾向があります。

天城 わさび田

 湧水の飲んだときの味は、主に湧水に含まれる有機物による違いによる部分が多いようです。

 同じわさびの品種でも育てられたわさびの湧水の水質によって、色や大きさやねばりの程度や辛さ甘さなどのわさびの味までも変わるのは、この水の違いが原因なのです。降った雨が地層でろ過されて湧水として湧いてきたとき、含まれるいろいろな溶け込んでいる微量な有機物の成分でも、長い期間育てられると違いが出てくるのです。

 普段から色々な湧水を飲んでいると、いろいろな湧水の味の違いまでもわかってきますよ。

 「きき水師」なんて資格でもあるといいと思いますが。きき酒師はあるのですがね。

 

  

2006年02月02日

伊豆のわさびは自然の贈り物

 伊豆半島の天城山に降る雨は、山麓のあちこちに湧水として湧き出します。標高300メートル以上に湧いている水で、主にわさびが栽培されています。

 伊豆半島の地形は、海底に堆積した火山灰などが隆起して陸地をつくり、その上に更なる火山の噴火活動によって溶岩が流れたり火山灰が降り積もってできています。

 わさびが栽培されている湧水は、天城山の安山岩や軽石の火山灰の層を透過されて湧き出ていますので、硬度のとっても低い『軟水』です。多くの肥料分(チッソ、リン、カリ)を含んでいますので、この湧き水だけでわさびが育ちます。しかも、溶存酸素が過飽和の状態で湧出します。

 飲むととってもさわやかな湧き水で、ボトルのミネラルウォーターとはぜんぜん違うのです。

 まさに『生きた水』なのです。

 落葉照葉樹の多い天城山は休火山ですが、かつての火山活動による火口跡や溶岩流や火山性の堆積物などがいたるところに見られます。

 これらの地層を透ってろ過されて湧き出てくるのです。

 わさびを育てるには、この水が”いつも流れ動いていない”といけないのです。

 一方、温泉は海底に堆積してできた貝の化石が見られるような緑色のグリーンタフの地層にあたるところから湧き出でます。

 温泉とわさびが育つ水とはまったく異なります。

 天城山は『日本百名山』の山の一つです。

 それは、「霊峰富士」を望むのに一番の位置に天城連山があるからです。

 毎日のように富士を見ながら、わさびを栽培しています。

 天城山 原生林

  

2006年01月18日

伊豆のわさびは自然の贈り物

 伊豆のわさびは、湧水の水源林である天城山からの贈り物です。 

 わさびの出来ぐあいは、その水質にとっても左右されます。 湧き水の水質によって、同じ品種のわさびでも『まったく別のわさび』のように育ってしまいます。 何よりも湧き水の水質と水量によって、わさびの生育が決まってしまいます。

  天城山に降る雨は年間3000ミリ以上にもなりますので、伊豆の河川は水量がとても豊富なのです。 天城山は一つの山ではなく、遠笠山(とうがさやま)、万二郎(ばんじろう)、万三郎(ばんざぶろう)の三つの連なる山の総称です。 この山の麓に湧く湧水源のあちこちにわさび田が造成されて、わさびの栽培が江戸時代より行われてきました。

 特に中伊豆のわさび栽培は、栽培面積と生産量とが最も多いい産地で、品質もとても良いのです。

 

 そして、江戸時代より業務用のわさび生産の産地として、プロの料理人の間では知られていた伊豆天城の代表的な産地なのです。

晩秋のわさび棚田

  

2005年07月04日

わさびの品種について (その4)

 わさびの「退化現象」、これはわさびを栄養繁殖で栽培しつづけるための    
       
           『宿命・・・・・・』  
 
 です。
 
 それは、『種』としての『寿命』とでも言ったらよいのかもしれません。 
 
 同じ品種を栽培しているうちに、だんだんと「生命力」が落ちていきます。
 
 その主な原因にウィルスが考えられています。タバコモザイク、カブモザイク、キュウリモザイクウィルスなどに感染していくことが知られています。
 
 品種によってこの生命力の強さがいろいろに異なりますので、強健で病気に強くて、しかも風味のよい味の優れた栄養繁殖できるわさびの品種を開発することが求められています。
 
 このようなわさびの新品種を開発して、生産地の将来と日本の食文化を担うことが、まさに今緊急に求められています。
 
 実は、この栄養繁殖で栽培できる良質のわさびの品種を開発するために、実生栽培の技術を使います。
 
 この品種とこの品種を掛け合せて、両方の品種の「特性」の良い部分を持った新らしい品種を開発していくのです。
 
 わさびの場合、雑種どうしの掛け合せのために、どうしても思うような品種ができる確率がとっても低いために、良い品種を開発するのがとっても大変です。
 なかなか思うようなものが開発できないのです。
 
 しかも、品種の特性が安定していることが必要ですし、試験栽培に一代が12ヶ月以上の栽培期間が必要です。これを2〜3代は繰り返して分根で栽培することが求められます。
 
 このようなことを経て、市場価値のあるわさびの新品種が開発育成されます。
 
 
                              
  

2005年06月30日

わさびの品種について (その3)

 江戸時代より栽培が始まった中伊豆のわさび生産ですが、江戸時代から大正年間くらいまでは、いわゆる地苗(じなえ)と呼ばれる現地での株分け苗での栽培が主体でした。
 
 これは分根での栽培方法で、わさびの形態が異なる集合体で品種も色々ですから生産性の低い方法でした。
 
 明治時代軍艦の建造のために天城山の御用林の伐採がされたため、腐敗病が蔓延して植えつける苗がなくなり、神奈川県の方から半原種(これも決まった品種でなく原産地が半原地方という意味)が導入されました。
 
 大正時代末期から昭和初期にこの半原種の中から選抜されたわさびに、一世を風靡した初めての栄養繁殖品種「ダルマ」種がありました。
 
 苗がたくさんよく付いたため分根で増やすことがたやすくでき、青茎系統で急激に太くなったためと(専門用語で総太といいます)なにせ風味がよかったためでした。
 
 昭和40年頃より約四十年間の栽培を経た頃より、退化現象が現れて、原種に近いものがほとんどなくなりました。
 
 それに昭和33年の狩野川台風で多くのわさび田が流失してしまい、伊豆地方のわさびに壊滅的な被害を与えました。
 
 先人たちの努力でわさび田は復旧しましたが、植えつける苗がなくなってしまい和歌山県の真妻村(現在は印南町になりました)より「マヅマ」種が導入されました。
 
 この「マヅマ」種は赤茎系統で数種類の集団で、中伊豆で栽培され始めてから五十年になろうとしています。
 
 現在この「マヅマ」種も「ダルマ」種と同じように退化現象が見られ、急激に品質が悪くなりつつあります。
 
 これは、良質な生産性の高いわさびを栄養繁殖(株分け)で栽培し続けるけるための
 
     「 宿命・・・・・・・・ 」
 
 なのかもしれません。